全ては起こり得る

大好きな刺繍教室の帰り道に、大好きなカフェでランチ。

今作っているのは「ハーダンガー刺繍」の眼鏡ケース。

ハーダンガー刺繍は、ずっと憧れて本も買って、材料や道具も分からないなりに買ってみたけど、やっぱり作れなくて「いつか習えたら良いなぁ〜。」と思ってた時期がありました。

まさか理想通りの先生に出会えて、習えているなんて、あの頃の私からすれば奇跡。

マクラメ編みも憧れて、やっぱり作り方の本とかキットとか買って作れなくて途方に暮れてたら、思わぬ形で偶然に、これまた理想通りの師匠に出会えてしまって今に至ります。

私は割と夢が叶いやすい体質かも。

頭の中に「どうせ無理」とか「そんなのあり得ない」いうボキャブラリーが殆ど無いのも一因かな。

どんな事も諦めなければ、そのうち何とかなるモノだと都合良く思い込んでいるからかな。

でもそれって「動く」ことから始まりますよね。

「動く」には必ず「意図」が必要。「意図」のあり方が未来のベクトルを決める。

だから、どんな「意図」を持ってるかが大事。

「どうせ無理」という意図で動くのか、「叶えたい」という意図で動くのかで、未来は大きく変わりますよね。

私の中では「全ては起こり得る」という前提。

「そんなの無理じゃないの?」という方向に落ちかけても、踏み止まって実現への「意図」を持ち続ける。

意図すること、夢見ることには、お金も時間も何も要らないもんね。

夢を見るのにお金は要らない。夢を見ることには、何の制限も束縛も存在しない。

夢見ることは誰にも止められない。夢を見ることを止めているのは自分のチッポケな「枠」。

その目で見られること、その頭で考えられること、理解できること、なんてどれだけチッポケなことなのか。

私は出来るだけ、生きてる限りに色んな経験をしたくて、世の中を見て回りたくて、日本中、世界中を旅したくて、出来る限り頑張ってみたけど、

それでも成し得てないこと、行けてない土地、出会えてない人の方が圧倒的に大多数。

この宇宙に、私がどれだけ知らないものがあるかと思うと、圧倒されて、幸せになる。

そんな感覚。

目の前にいる人の頭の中に、私が知らない経験や知識がどれだけ詰まっているかと思うと楽しくなる。

そんな感覚。

知らない世界が、可能性が、まだまだこんなにあるんだ!と面白がっていると、世界の方から、可能性の方から、こんな私を面白がって寄って来てくれる。

そんな感覚。

もっと面白がっていたら、もっと面白い事が叶ってしまうかも?

そんな感覚。

大きなエネルギーは、大きな道しか通れない。枠にしがみ付くのはあらゆる意味で無駄。枠が好きな人は、枠に安心したいだけ。

世界はチッポケな頭で考えるよりも、もっと大きくて、もっと大らかで、そしてもっと美しい。

あなたが知るより、あなたはもっと美しい。

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