意識を合わせる

先日、初めて掛川の「事任八幡宮」に行きましたが、その時にちょっと思ったこと。

 

境内には大きな木がたくさんありました。大きなイチョウの木は、ちょうど葉が黄金色に色づいていて綺麗でした。

有名な「事任八幡宮の大クスノキ」は、今までに見たことのない枝ぶりで、評判通りに立派でした。

この大クスノキ、パワースポットの御神木として有名だからでしょうが、次々に人が抱きついていたけど・・・・

見てて思ったのが「クスノキさんも大変だな〜。」って・・・^_^;

 

「御神木に抱きつく」ってのは、私にはどうしてもできない^_^; 
だって必要無いもん。

 

御神木とか、大きな木から「気」を御裾分けいただきたいなら「別に抱きつかなくったって、ご挨拶して意識を合わせるだけで、エネルギーは必要な分だけ御裾分けいただけるよ〜。」です。

どれぐらいチャージが必要かも向こう(木)で判断してくれるしね。

「ちょうだい、ちょうだい〜♪」って、あんまり大勢に来られるのは、木の気持ちとしては(神さまも同じかも)どうなんだろ。。。

 

「木に抱きつく行為が木を痛めている」という話もありますしね。

御神木や大きな木の根元に人が多く来ると、根の周りの土が踏み固められたり、地面に露出している根が傷付けられて、木が弱ることもあるとか。

また抱きつくだけじゃなく、木の皮を持って行ったりする人も多く、御神木を守るために、御神木じゃない木をダミーとして注連縄を張る神社もあるみたい。

 

だから重ねて言うけど

「御神木にはちゃんとパワーがあるので、御裾分けいただきたいなら、何も抱きつかなくったって御挨拶して意識を合わせるだけで十分」。

と、同時に言いたいのは「意識を合わせる」ってことは、相当にパワフルな行為だということ。

 

「意識を合わせる」ことの方が、よっぽど大切だと思うのね。

お参りだけじゃなく、どんなことでも「意識を合わせる」ことで、実は色んなことが起きている。

目に見えないから理解され難いけど、その真実とか、大切さを理解すれば、色々変わって来るんだと思う。

 

「スピリチュアル」って、そういった「意識」「心」大切さや、パワー理解して、使いこなすことだと思っています。

人の目には、私も同じですが、見たいように、信じたいように、あるいは知識の範囲でしか物事は映らないし、聞きたいようにしか聞こえない。

「スピリチュアル」って、そういう限界を越えるための「考え方」であり「トレーニング」じゃないのかな。

 

「抱きつく前に、木の気持ちを聞いてあげて欲しいな」って思ったり、ね。

意識を合わせてあげれば、なんとなく伝わるんじゃないかな〜。

 

「星の王子さま」より

On ne voit bien qu’avec le coeur.
人は「心」を使わなければ、ちゃんと見ることはできない。

L’essentiel est invisible pour les yeux.
本質的なことは、目には見えない。



 
今後の主な予定

11月19日
「魅力発見イベント」

イベントの詳細は10/4の記事に書いてます


 

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