昔は行き先も宿泊先も出たとこ勝負な一人旅が趣味で
最高記録はヨーロッパで五週間。
適当に気になる街に行って、
泊まると決めたら駅の観光案内所でホテルリストを貰って
泊れそうな値段のホテルやユースホステル、ドミトリー等に
電話で会話集のフレーズ見ながら現地語で交渉します。
色々な経験をしたけど
大袈裟でなく生存本能を刺激されるような体験もあり
旅行で鍛えられたことは色々あるんだと思います。
ノンビリのどかな日本に戻るとホッとするんだけど
すぐにまたあの緊張感が恋しくなって海外に行きたくなって
・・・ある意味ジャンキーめいていた気もしますf^_^;)
騙すか、騙されるかのどちらに立つかとか
命が掛かったような状況をどうやり過ごすか、とか
綺麗事なんて通じない
呑気なお人好しでは生き抜けない状況を経験すると
ホントの意味での「自己責任」が体で理解できるというか・・・
夜遅くパリ郊外のアラブ人街の駅に着いたら
電車の中から怪しい気配を感じていた人に
そのまま後を付けられてることに気付き
電話ボックスの中に立てこもったらボックスに張り付かれて
ドアを開けられないようにバッグパックでガードして
宿に電話して助けを呼んだこともあったし
治安が最低だった時代のN.Y.で
明け方の暗い道を数名で歩いていたら
歩く先に大勢の黒人達にボコボコにされてる白人男性がいて
一緒に歩いていた人達と目配せして
何も見ない振りをしてすぐ横を通り過ぎたことも。
その時一緒に行動してた数名の中の1人は
道に迷って警察官に助けられたと思ったら
家に連れ込まれて襲われかけて電話掛けてきたので
男の子達が助けに出て行った、ってこともありました。
マドリッドではナイフで刺してくる強盗が多いと聞いて
用心してバックパックも前抱きで
しっかり両手で抱きかかえていたのに
力づくで無理矢理に引きちぎられて(馬鹿力には感心)
持って行かれたこともありました。
たまたま警官が出てきたから荷物は捨てて逃げて行ったし
ナイフで刺されなかったからラッキーと思ったけど。
イタリアの夜行列車で同じコンパートメントになった
現地の男の子達に列車を徘徊する怪しい人達から
寝ずの番で守ってもらったことも。
その男の子達はコンパートメントのドアを
コッソリ開けようとする怪しい人達を
怒鳴りつけて追い払ってくれたりしたんだけど、
朝になってさっきは侵入しようとした人達が
今度は盗品とみられる品物を売りにくると
チャッカリ買ってたりしてね・・・f^_^;)
名所で一人で居ると「案内しましょう」と
寄ってくる人を判断しなきゃいけません。
判断に失敗したら人気のない所で触ってきたりするけど
それは単なる私の判断ミス。
次回は同じ失敗はしないぞ!と思うだけですね。
お金の誤魔化しとか、二重取りとか、
そんなの当たり前だし
こちらが先回りして頭使って
強気で行かなきゃいけないだけ。
現地の常識を知らずに何も疑わずに
被害受けてショック受けたって
誰も同情なんてしてくれませんし。
たとえ同情してもらえても何も戻っては来ません。
ホントの意味での「自己責任」は
他人を批判するために使う言葉ではなく
自分に対して自問自答して使うものだと思います。
スピリチュアルな商売にも色々とあって
微妙に怪しいモノを見かけることはいくらでもあるけど
騙す人を批判することよりも
騙されなくなることが大事だと私は思うんですよね。
騙す人を批判してるだけでは被害は無くならないですよ。
パリで旅行してた時
現地に留学中の女の子と知り合って
暫く一緒に行動してたことがありました。
彼女と蚤の市に行った時に彼女が言った話か
本で読んだ話か忘れたけど蚤の市のお店の人が
日本人は騙しやすいと言ってたという話。
日本人は化繊の手袋を「絹だ」と見せられても
本物の絹を知らないので簡単に騙される、とのこと。
当時の私は大学での芸術学の勉強から
専門学校での実学の建築設計の勉強に移っていて
その旅行も西洋の建築史を辿る旅でもありました。
勉強でも職場でもいつも「本物」とは何ぞや?とか
なぜ本来は繊細な美意識を持っているはずの日本人が
今は代替品やフェイクの建築資材やデザインに満足するのか?
などと考えたり同僚達と話し合う機会が多かったから
蚤の市の話もとても興味深く感じました。
つまり騙されることを怒るよりも
勉強して「本物」を見抜く目を鍛えて
騙されない人になることを考える方が
建設的じゃないかと。
いくら頑張って気をつけてもそれでも
「騙された(> <)」と思うことがあれば、
それはまだまだ自分が至らないだけで
「もっと頑張らなきゃ!」って私は思うんですよ。
だから他の人が騙されたとしても
「大事なのはそこから何を学ぶかだよね?」
って見てしまいます。
大きな目で見れば「学び」のチャンスなんだから
私がサポートできるとすればそこから前向きに
何かを学ぼうとする気になってもらうことだけ、ですね。
一緒になって感情的に怒ったり同情したりじゃなくてね。
目の前にいる人に二度と同じ目に遭ってもらいたくない
と思えば尚更。
いつでも「真剣」勝負で
自分なりの勘を研ぎ澄ませて
自分を、相手を、周囲を見極め
自分の責任で判断して
言い訳抜きで行動すること。
私にとってはスピリチュアルの世界はまさに魑魅魍魎〜〜〜(^ ^;
(私の疑い深さは山羊座に星が多い影響かもですが)
この魑魅魍魎の世界を渡って行くためにも
「自分の責任で判断して行動し結果を自分で引き受ける。」
態度は大事だと思っています。
同時に私もそのように判断していただける人に
ならなきゃな〜とも思っています。
最後に世界は違うのですが
真贋を見抜く目を持つ事の大切さを書いている
ブログ記事を見つけたのでリンクを貼っておきます。
私的武術論~書庫(不定期に、まとめて更新)より”魑魅魍魎が跋扈する武術界”
【追記】
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