昨日、ママ友達と話していて
共通の知り合いに一緒に購入を頼んだ
美味しいパンの話題になったのだけど
それが冷凍で来るんだけど
一斤のサイズが大きくて
かなりかさばるので他の家族分まで
冷凍庫に保存出来るわけもなく
到着したらすぐに引き取らないといけない、
という話。
前回頼んだ時には注文してもらった人の
「ついでがあるから」というお言葉に
甘えて持って来てもらったのだけど
一緒に頼んだママさんには
連絡が着かなかったらしく
「携帯も繋がらないしどうしよう?」と
注文した彼女は困っていたのね。
その後、どうされたのか
聞いてなかったのだけど
あまり気にしていませんでした。
その後、また「注文しない?」という
お誘いがあったのでお願いしたよ
という話を昨日はしてたわけ。
で、彼女が
「今回はコチラから受け取りに行くことにしてる。」
って話したのを聞いて
「あ、そっか、今度は私も受け取りに行かなきゃ!」
とや〜っと気がついたのね。
それと前回、困っていた彼女に
何の手助けもしなかった自分にも気がついて
そんな事にも気がつかないって
自分ってホントに気が廻らない奴〜っと
凹んじゃったり。
話していたママさんは誰にでもそつなく
気配りが出来て人付き合いが上手。
いつも気が利かない自分だけど
こういう人のやり方を真似すれば
ちょっとはマシになるのかな〜?
とか考えてたら
急に眉間がグルグルして
身体の気もグルグル廻り出して
ググ〜っと何かが抜けて行きました。
「気付き」とか「学び」とか言うのは
どんな瞬間にもあって
たぶん本や何かのウンチクよりも
日々のいわゆる「雑事」の中から得られたものは
数段階パワフルなのかもしれない、と思ったり。
私がスピリチュアル系の本を
あまり読まない理由はその辺りにもあるかな。
一般的には通じないような
分かったような分からんような
理屈や用語には魅力を感じないというか。
本質を理解するというのは
そんな上っ面なものじゃ
不可能じゃないかとも思うし。
用語の本質的な意味を
誤って理解している場合には
せっかく覚えたその用語も
無意味になる
or
逆効果になることもあるかも?とか。
日常のことで精一杯で
スピリチュアルなことは正直
ホントにどうでも良かったりする。
スピリチュアルな理論に合わせたような
清く正しく美しい人生を送りたい、
なんてこと、今さら思えないし
「スピリチュアル」に邁進出来る人の心境が
正直、不思議でたまらなかったりもする。
ただ話しかけてくる存在やエネルギーと
対話すると自然に起きることがあり
それが不思議だったり
面白かったりすることがある。
でも日常生活で頭いっぱいで
身も心も疲弊してる時に
そんなすっ飛んだ世界を
楽しんでる余裕も持てるはずもなく・・・
どんな奇跡よりも
苦手意識の強いママ友達とのお付き合いが
うまく廻るようになる方が
何百倍も何万倍も嬉しいと思ったりするね。
というか、
日常生活が人並みにそつなく
うまく廻る人になれるなら
こんな中途半端で人との関係を
ややこしくするばかりの能力(笑)なんて
喜んでお返しするよね、ホント。












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